これから長い事、付き合って行かなければならない放射性物質。
非常に小さくて軽く、何処にでも飛んで行き、食べたり吸ったりしようものなら内部で常時放射線を出し続け、細胞の再生の遺伝子情報を破壊する嫌な奴ら。
これからは一家に一台ガイガーカウンターを常備する時代に突入する訳だが、まだ手に入りにくい状態。とりあえずネットなんかから独自に情報を入手して自己防衛をして行かなければならないですね。政府、官僚は基本的に信用出来ないのは歴史の証明する所であるので、俺としては話半分に聞いてます。検査とか、はやく第三者機関が機能してくれればありがたいんだけどなあ。
関東だけじゃなく西日本の人もこれからは風向きによる放射性物質の飛来による水道汚染や食品汚染、また東日本からやってくる産地偽装食品などと戦って行かなければならないから、チェックしておくとよござんす。
俺が今、重宝してるリンク集
すごく分かりやすいブログ。この人、安全ならば原発OKの人
だから逆に、信頼出来そう。
武田邦彦 (中部大学)
福島第一の状況。放射能濃度、圧力、風向きによる拡散シュミレーション、水道などの情報が見れます。
全国の放射能濃度一覧
東京日野で、個人的にガイガー観測をネット公開してくている関東の恩人
俺も、3月15日は、ネットで見て被爆を軽減できて助かりまった。
ナチュラル研究所
この人と同じシステムを導入した人たちのリンク
関東近辺の個人の観測点
公式、非公式を問わず、全国の放射線濃度が見れます。
東北関東大震災・非公式・放射性物質モニタリングポストMAP
IAEA
有志による、IAEAの発表を日本語約にしてくれてるサイト
やっぱ、なんだかんだ言ってもニュー速は便利。
2ちゃんねるニュース速報
2011年4月12日火曜日
レベル7の世界で
福島がとうとうチェルノブイリクラスの原発事故である事を政府がようやく認めた。
諸外国からの突き上げに動いたと言うよりも、ようやく夢から覚め始めた所なんだろうか。
これは現実に起っている事で、事態はなおも進行中。千年万年単位のライフサイクルの破壊だ。
日本人は昔から現実逃避の傾向があるのだろう。一万年も続いた縄文時代の変らない日々の記憶が染み付いているのだろうかね。
今回の災害で、日本人の良さと悪さが浮き彫りになったような気がする。それはよくも悪くも諦観のようなものだ。天に運を任すというか、ゆだねるというか。そこで目をつむり、死ぬも生きるも、その選択を自らの魂に問わない感じがする。それはある意味潔さがある。生にしがみつくのは美に反するという、日本人の美意識にそったものだろうけど、それは自らの魂の全権を何者かにゆだねる事で、責任回避しているのではないだろうか。悪い事を口に出したら、現実もそうなる言霊って奴だ。未だにアニミズムが根深く文化に根を張っている。もちろん俺も、アニミズムな日本人の一人だ。
そう日本人は、いまだに神を失っていないのだ。
神は可能性を好む。神はサイコロ遊びが好きなのだ。
サイコロ遊びとは、すなわち博打であり、今回で言えば事態の好転に国民の安寧とこの国土を賭けたのだ。だかその掛けに負けた。時に手痛い失敗を犯しながらも、だましだまし何とかここまでやって来た日本民族も今回ばかりは、かなり相手が悪い。人が死に、町が壊れても元には戻る。だが、我々を育んで来た大地そのものを、放射性物質という居座って動かないやくざ者に取られてしまったのだから。
長い年月をかけて、原発利権は政治やマスコミにウイルスのように浸食して行き、今では、我々の元に正しい情報すら届かなくなってしまっている程に成長した。それを助長したのは,彼らの悪魔的な巧妙さもあるが、なんだかんだ言って俺たちの無関心だったのだろう。悲しいかな、この痛みは、自分たちのせいなんだろうな。
未来の子供達に悪い事をしてしまった。
グーグルのサーバーは、タイムカプセルみたいなもんだ。未来の子供らに謝らなきゃな。
おじさんたちは、賭け事に夢中になりすぎて、自分の家も売っちゃったのさ。
すでに神々をバラバラに解体した君らからしたら失笑ものだろうが、可能性を前にして、ドキドキする事に、おじさん達は魅惑されたんだ。わからない事が、うれしかったのかも知れない。
思ってたよりは、人生は長かったのさ。だからついつい、余計な事をしたくなるってもんだろ。
おじさんたちは、いたずらっ子だったんだ。そう途方も無い程のただのガキだったのさ。
諸外国からの突き上げに動いたと言うよりも、ようやく夢から覚め始めた所なんだろうか。
これは現実に起っている事で、事態はなおも進行中。千年万年単位のライフサイクルの破壊だ。
日本人は昔から現実逃避の傾向があるのだろう。一万年も続いた縄文時代の変らない日々の記憶が染み付いているのだろうかね。
今回の災害で、日本人の良さと悪さが浮き彫りになったような気がする。それはよくも悪くも諦観のようなものだ。天に運を任すというか、ゆだねるというか。そこで目をつむり、死ぬも生きるも、その選択を自らの魂に問わない感じがする。それはある意味潔さがある。生にしがみつくのは美に反するという、日本人の美意識にそったものだろうけど、それは自らの魂の全権を何者かにゆだねる事で、責任回避しているのではないだろうか。悪い事を口に出したら、現実もそうなる言霊って奴だ。未だにアニミズムが根深く文化に根を張っている。もちろん俺も、アニミズムな日本人の一人だ。
そう日本人は、いまだに神を失っていないのだ。
神は可能性を好む。神はサイコロ遊びが好きなのだ。
サイコロ遊びとは、すなわち博打であり、今回で言えば事態の好転に国民の安寧とこの国土を賭けたのだ。だかその掛けに負けた。時に手痛い失敗を犯しながらも、だましだまし何とかここまでやって来た日本民族も今回ばかりは、かなり相手が悪い。人が死に、町が壊れても元には戻る。だが、我々を育んで来た大地そのものを、放射性物質という居座って動かないやくざ者に取られてしまったのだから。
長い年月をかけて、原発利権は政治やマスコミにウイルスのように浸食して行き、今では、我々の元に正しい情報すら届かなくなってしまっている程に成長した。それを助長したのは,彼らの悪魔的な巧妙さもあるが、なんだかんだ言って俺たちの無関心だったのだろう。悲しいかな、この痛みは、自分たちのせいなんだろうな。
未来の子供達に悪い事をしてしまった。
グーグルのサーバーは、タイムカプセルみたいなもんだ。未来の子供らに謝らなきゃな。
おじさんたちは、賭け事に夢中になりすぎて、自分の家も売っちゃったのさ。
すでに神々をバラバラに解体した君らからしたら失笑ものだろうが、可能性を前にして、ドキドキする事に、おじさん達は魅惑されたんだ。わからない事が、うれしかったのかも知れない。
思ってたよりは、人生は長かったのさ。だからついつい、余計な事をしたくなるってもんだろ。
おじさんたちは、いたずらっ子だったんだ。そう途方も無い程のただのガキだったのさ。
2011年3月26日土曜日
三年目のオールラウンド捌き
今春で掃除のバイトも三年目になる。飽きっぽい僕が三年も同じ職場で働く事になろうとは思わなんだ。清掃の仕事は、単調で頭もほぼ使う事もなく、色々と考えごとをしたり、物語を考えたりと以外と創作をする人にはおすすめの仕事です。変わり者が多い業界とも言われ、濃いキャラの人々の思わぬ行動や言動に、人類の凄さを思い知らされる毎日です。
そんな僕が日々磨いて来た、オールラウンドと呼ばれる雑巾に長い柄が付いた道具を使っている姿をお見せしましょう。芸術家の端くれとして、いかに美しく掃除するかを追求してきた、この三年の成果です。
忙しい時は、時間との戦い。いかに無駄無く効率的に、かつ体力を無駄に消費せずに動かないといけない。僕は、体小さい分、体力が少ないので、その分、体の自重を使った慣性を利用して動くのが得意。たとえ放射性粉塵だろうと、拭い去ってやるぜ。
そんな僕が日々磨いて来た、オールラウンドと呼ばれる雑巾に長い柄が付いた道具を使っている姿をお見せしましょう。芸術家の端くれとして、いかに美しく掃除するかを追求してきた、この三年の成果です。
忙しい時は、時間との戦い。いかに無駄無く効率的に、かつ体力を無駄に消費せずに動かないといけない。僕は、体小さい分、体力が少ないので、その分、体の自重を使った慣性を利用して動くのが得意。たとえ放射性粉塵だろうと、拭い去ってやるぜ。
2011年3月22日火曜日
雨降って地固まるか?
冬の厳しい寒さも、幾分和らいで、窓の外に、そそと降る雨の音に、思わず耳を傾ける午後。
ようやく、春だな。まってましたの春だ。
ここ十日ばかり、戦後最大の危機を迎えた日本は、いまだ混乱の最中にあるけど、それでも、人の人生は続き、日本の歴史は紡がれ続ける。
訳のわからん物質が降って遺伝子を破壊しようが、銀行からお金が降ろせないだろうが、史上最悪の政府を持とうだろうが、それでも、俺たちは、生きている。その事に感謝したいねえ。
俺もようやく、やりたい事が分かったんだ。生きられるだけ、作品を作ろう。
それに、またお祭りのような、グループ展がやりたくなったな。
アホみたいな奴がやりたいぜ。
また企画しよう。
ギャラリーであおうぜ!
ようやく、春だな。まってましたの春だ。
ここ十日ばかり、戦後最大の危機を迎えた日本は、いまだ混乱の最中にあるけど、それでも、人の人生は続き、日本の歴史は紡がれ続ける。
訳のわからん物質が降って遺伝子を破壊しようが、銀行からお金が降ろせないだろうが、史上最悪の政府を持とうだろうが、それでも、俺たちは、生きている。その事に感謝したいねえ。
俺もようやく、やりたい事が分かったんだ。生きられるだけ、作品を作ろう。
それに、またお祭りのような、グループ展がやりたくなったな。
アホみたいな奴がやりたいぜ。
また企画しよう。
ギャラリーであおうぜ!
2011年3月19日土曜日
デウス エクスマキナ 機械仕掛けの神
福島の原発が暴れ回っている。人の力を超えた、制御しがたい不可視の死神が、国土、いや地球を汚染しまくっている。まさか、技術先進国と言われた日本で、こんな事が起るなんて、、、。俺は今でも、なんだか夢を見ているみたいだ。十日前までは、何事もなく、むしろ何か、起きないかなと不遜な事すら考えていた程なのに、状況は、ブレーキの壊れた車で坂道を目隠しされて運転しているようだ。これほど短い間に、続けざまにトラブルが起るなんて、映画のシナリオでさえ真っ青な出来映えじゃないか。映画や夢であればどれだけ良かったのだろう。己の破壊願望を夢の中で結実したのみであったなら、俺の未成熟な部分の発露として、俺の中だけで、幕も引きえただろうに。だけど、実際は、夢を破るのは、体の内奥の芯すら揺さぶる大地の震えだ。余震にも慣れたとはいえ、ゆめゆめ油断は出来ない。東京湾の下で、アギトを研いでる嫌な奴がいるからだ。どうやら、久しぶりの国難の時期にさしかかっているらしい。何十年も、システムが覆い隠してきたものが、今回の地震で露になって剥き出しになったみたいだ。今回の事で、色々な事が変ると思うし、そのようにしなければ行けないだろう。安心してはいけない、想像力を駆使して、恐怖しなければならない。生き残って、やるべき事をやる為に。
それにしても、選挙というものが、場合によっては、これほどの惨禍を生み得るとは、まさに歴史を見た思いだ。
ここで、真の意味での機械仕掛けの神が出て来て、全てをさらっと解決してくれたらどれだけいいだろうか.....。
だけど、みんなも言っているように、やはり日本人には、信じられるものがあると思う。
俺も、今回の事で日本はよりよくなると思いたい。
経済発展や利潤追求だけでは、決して幸せにならないし、うまいやり方でもないと若い人たちも分かっていると思う。大きな家に住む事や、沢山の部下をこき使うよりも、多少不便であっても、自らの魂に合った生き方が出来る社会になるといい。長い時間がかかるだろうが、人類は、近代文明下において個人というものを社会の中で回遊させ始めたばかりだ。きっとうまい手を見つける事ができるだろう。
原発の稼動には、作業員に100パーセントの被ばくが伴うという。いま、この部屋を明るくともしている、電気でさえ、誰かが命を削って作られたものだ。大抵は、出稼ぎの原発にたいしての知識がない人たちで、絶対に安全だと、事前に洗脳に近い教育を受けるという。得られる日給は一万円程度。一日の作業時間は、一日に浴びる放射線量の基準内だから15分とかそんな短時間だから割がいいような印象をうけるけど、それを毎日続けていたら、将来、必ずガンになる。未来を食いつぶしているわけだ。そして、廃液は海に垂れ流し。子孫に処理を押し付ける高放射性物質は溜る一方。老朽化した原発は今も地震のプレートの真上で稼働中。情報隠蔽改竄は日常茶飯事。周辺地域の汚染と差別。ふう.....久々きれたわ原発。フィクション小説で、雰囲気は掴んでいたけど、リアルでここまで酷いとはね。いままでの俺の無知にも、頭がくるけど、国民に周知しようしない、行政、マスコミも許すまじだ。少しくらい不便で貧しくてもいいじゃないか。終生かけて、原発を衰勢させるように断固反対したるわ。
原発の中で、今も、放水や施設の回復に尽力されている方々に、億兆の感謝と敬意を。
それにしても、選挙というものが、場合によっては、これほどの惨禍を生み得るとは、まさに歴史を見た思いだ。
ここで、真の意味での機械仕掛けの神が出て来て、全てをさらっと解決してくれたらどれだけいいだろうか.....。
だけど、みんなも言っているように、やはり日本人には、信じられるものがあると思う。
俺も、今回の事で日本はよりよくなると思いたい。
経済発展や利潤追求だけでは、決して幸せにならないし、うまいやり方でもないと若い人たちも分かっていると思う。大きな家に住む事や、沢山の部下をこき使うよりも、多少不便であっても、自らの魂に合った生き方が出来る社会になるといい。長い時間がかかるだろうが、人類は、近代文明下において個人というものを社会の中で回遊させ始めたばかりだ。きっとうまい手を見つける事ができるだろう。
原発の稼動には、作業員に100パーセントの被ばくが伴うという。いま、この部屋を明るくともしている、電気でさえ、誰かが命を削って作られたものだ。大抵は、出稼ぎの原発にたいしての知識がない人たちで、絶対に安全だと、事前に洗脳に近い教育を受けるという。得られる日給は一万円程度。一日の作業時間は、一日に浴びる放射線量の基準内だから15分とかそんな短時間だから割がいいような印象をうけるけど、それを毎日続けていたら、将来、必ずガンになる。未来を食いつぶしているわけだ。そして、廃液は海に垂れ流し。子孫に処理を押し付ける高放射性物質は溜る一方。老朽化した原発は今も地震のプレートの真上で稼働中。情報隠蔽改竄は日常茶飯事。周辺地域の汚染と差別。ふう.....久々きれたわ原発。フィクション小説で、雰囲気は掴んでいたけど、リアルでここまで酷いとはね。いままでの俺の無知にも、頭がくるけど、国民に周知しようしない、行政、マスコミも許すまじだ。少しくらい不便で貧しくてもいいじゃないか。終生かけて、原発を衰勢させるように断固反対したるわ。
原発の中で、今も、放水や施設の回復に尽力されている方々に、億兆の感謝と敬意を。
2011年3月11日金曜日
地震に恐怖した午後
仕事を終えて、自宅のボロアパートに帰り、いつものように食事をする。その後、10分ほど昼寝してから、パソコンに向かって、文章を二時間ほど書き、そろそろ終わろうかなと思っていたら、微かな揺れを体が感じた。「横揺れだな」と僅かに安堵するも、数瞬後には、あれよあれよと言う間に、身の危険を感じる程の揺れへ成長していき、俺は、窓を開けて、外に半ば身を乗り出して、辺りの様子を伺う。目に見える程、アパートがガタガタと揺れ動き、電線がブラブラと揺らめく。もはや、アパートの柱が、悲鳴を上げるように、軋みをあげ始めている。俺は、窓辺にコアラみたいに、しがみ付いて、いつでも飛び出せるようにしながら、情けない事に、ただ「死にたくない、早く終わってくれ頼むーーーー」と願って叫んだ。鴨長明の方丈記に、ある時大地震があった時、余震が続くなか、人々はただ地震よ収まってくれと願う記述があるが、その気持ちが良く分かった。ああいう時は、ただ祈るだけしか出来ないもののなんだな。随分長い時間、揺れ続いたけど、収まった隙を見て、路上に出る。付近の人々が、一様に驚いた顔を見合わせながら、今の揺れの事を話会っていた。何度か、大きく余震が続いたが、ある程度収まったので、部屋に入り被害を確認すると、棚の上に置かれていた、空気清浄機が床に落下。冷蔵庫の上に、不安定ながら置いてあったオーブンも落下。その上にあった、みそ汁の入った鍋も床に落下して、汁と白菜や油揚げの具を床にまき散らしている。ディスプレイとパソコンは無事。
沢山の人がなくなったようだ。
街角のテレビで、津波が町を飲み込んでいく様子を見て、戦慄した。
皆さんに無事を祈るとともに、亡くなった人たちの冥福を祈る。
そして、自らの無事を感謝した。
家族や友人知人、さらには昔の彼女にメールを出す。
普段、膜が張られたように、隠されている感情が露になったような気がする。
生きている事は、偉大な事だなあ。
余りにも自明な事なのに、すぐに分からなくなる、自身の愚かさが嫌になる。
沢山の人がなくなったようだ。
街角のテレビで、津波が町を飲み込んでいく様子を見て、戦慄した。
皆さんに無事を祈るとともに、亡くなった人たちの冥福を祈る。
そして、自らの無事を感謝した。
家族や友人知人、さらには昔の彼女にメールを出す。
普段、膜が張られたように、隠されている感情が露になったような気がする。
生きている事は、偉大な事だなあ。
余りにも自明な事なのに、すぐに分からなくなる、自身の愚かさが嫌になる。
2011年3月4日金曜日
小説の初稿を書き終えた
昨年の11月の半ばから書き始めた小説を、とりあえず書き終える事ができた。
原稿用紙にして340枚あまりの、中編小説程度の長さの物語。
今まで、何回か挑戦してきて、その度に頓挫してきた過去を持つ私が、まさか書き上げる事が出来ようとは。しかも、一応話しの筋が通っている物を......。
人類は、人は、いや漢は進化するものだなあ。
午前中の仕事を終えて、自宅の4畳半に帰り、ネットしながらご飯を食べて、15分ほど昼寝してから、ほぼ毎日、二時間ほどパソコンに向かう。調子のいい日、良くない日。頭はまったく、天気のようだ。
泥沼にはまったように、ぜんぜん進まない日もあるけれど、書く事は、楽しかった。
静かな部屋で、一人物語りを書くのは、どうやら性にあってるみたいだ。
これから、何度も書き直し、推敲し、ストーリーと文章を磨きあげていかねばならない。
何よりもルーチンワークが嫌いな俺にとって、本当の苦難は、これからであろう。
挿絵も描こうと思っている。だけど、絵描きとしての俺は、もう終わってしまったような気がしなくもない。
結論を急ぎすぎるのは、いけないが、情熱をあまり感じる事が出来ないでいる。
原稿用紙にして340枚あまりの、中編小説程度の長さの物語。
今まで、何回か挑戦してきて、その度に頓挫してきた過去を持つ私が、まさか書き上げる事が出来ようとは。しかも、一応話しの筋が通っている物を......。
人類は、人は、いや漢は進化するものだなあ。
午前中の仕事を終えて、自宅の4畳半に帰り、ネットしながらご飯を食べて、15分ほど昼寝してから、ほぼ毎日、二時間ほどパソコンに向かう。調子のいい日、良くない日。頭はまったく、天気のようだ。
泥沼にはまったように、ぜんぜん進まない日もあるけれど、書く事は、楽しかった。
静かな部屋で、一人物語りを書くのは、どうやら性にあってるみたいだ。
これから、何度も書き直し、推敲し、ストーリーと文章を磨きあげていかねばならない。
何よりもルーチンワークが嫌いな俺にとって、本当の苦難は、これからであろう。
挿絵も描こうと思っている。だけど、絵描きとしての俺は、もう終わってしまったような気がしなくもない。
結論を急ぎすぎるのは、いけないが、情熱をあまり感じる事が出来ないでいる。
登録:
投稿 (Atom)