2011年7月13日水曜日

TOKYO ART BOOK FAIR 2011 ZINES MATE用のジン完成(ほぼ)

今年で三回目であるアートブックの祭典、ジンズメイトが今週末から千代田区のART3331で行なわれる。
去年は、半年の歳月を費やしてオールリトグラフで無駄にがんばったが、反応はまあイマイチでした。去り行く猫が途中でちらっと振り返る的な感じとも言えようか。まあちょっと to muchだったもんね。

さて、今年は製作時間が2ヶ月弱と短かったため、去年の20ページを大幅に下回る12ページというショボサではあるものの、最近俄に描く事の情熱が再燃しつつある俺が、四畳半の部屋で酷暑にドロドロと溶けつつ、鉛筆で描いた幾つかのイメージ群。
それをパソコンで細工してハイスペックレーザプリンターで出力した珠玉の名作を、さらに引き回すように製本し、この惑星の大気に放つ。
まるで香る様なとまでは、むろん至らないが、男37才の仕事としては悪くは無い様な気がすると、己自身のねぎらうに足りうる程の作品には、なり得たような所感を持たぬでもない。

いささか、失敗したので、明日、もう一度出力でねばならないが、最早峠も半ばを過ぎて下りに入った。あとは転げ落ちるのみさ!あれ?

2011年6月12日日曜日

健康行き各駅停車

最近は健康に気をつかって野菜を多く取る食事が多くなった。
米も白米に玄米を混ぜて炊いている。これがなかなかうまい。
夜も10時過ぎには床に付き、七時間睡眠を心掛ける。
毎朝の清掃のバイトも程よい運動であり、体型の維持の一助ともなる。
一日の生活はパターン化して陽の傾くのは早い、だが仕事ははかどる。
ほとんど人とも会わず話さずだが、ものを書く事で言語能力の低下を防ぐ

2011年6月5日日曜日

博物画的に

日曜の陽も傾きつつある中、炊煙がほのかに我が方丈に香っている。
今日も残りあと僅かだ、案外仕事がはかどったので気分が良い。


近頃、こつこつジンズメイト用の絵を鉛筆で書いている。リトグラフでの製作を断念し、鉛筆とアドビイラストレーターを用いた似非リトグラフで作る事に決めると、現金なもので、とたんに気が楽になった。
イラストレーターは、オフセット印刷、つまりリトグラフが元になっている。だから手法が先祖返りというか、逆温故知新というか、ポストモダンというか、今の技術で過去ぽいものを作るのは楽しいもんだ。
西洋には博物画っていうジャンルがある。それはまだ写真が生まれていない、もしくは発達していない頃に、植物や生物、建築や機械なんかをリトグラフや銅版画で詳細に描いて彩色印刷したものだ。今も多くが残されているけど、その細密描写と美しさには瞠目してしまう。
今回は、そういう博物画っぽくレトロでフューチャーな絵を描いてみようと考えた。
鉛筆画で細かく描画するので、電動鉛筆削りは必携だ。元は電池で動くんだけど、秋葉で部品を買ってきてAC電源で動くようにした。通常6Vの電圧で動くモーターに10Vの過電圧を加えると、若干ケミカルな煙が上がるが、研ぎが鋭くなってロケンロール!。






2011年5月29日日曜日

髪騎士

慌ただしさの中で春は瞬く間に過ぎ、気がつけば窓辺から聞こえるのは梅雨の雨音。
日曜の朝の雨は悪くない。何処にも行く予定が無いと言う条件がつくけど。
もちろん今日は何処にも行かない。一日家で絵を描いたり文章を書いたりして過ごすのだ。
昨日、お菓子や果物を買ったおいたので、口寂しいという事にはなるまい。

部屋には時計がない。おかげで常時視覚的な時間の刻みを感じられず、トロリとしたゼリーのように流動化した時の中で、そこそこに怠惰な無自覚な生を送る事が出来る。
一日は象のように案外早い。アフリカにも四畳半にも等しく奴らはいる。

よし雨音を肴に昼間から日本酒を呑もう。それは甘いピストルの味だぜ。


そういえば
神奈川県は小田原も手を伸ばせば届きそうな所にある渋沢という場所で、豆版画のグループ展が今月の始めより行なわれている。僕も一応参加させてもらい、四点程出した。
先週の好天を突いて電車に乗って行って来た。たまには遠くに行くのもいい。まじかで山の連なるを見ると、当たり前に衝撃を受ける。
展示場はブラッスリー千元屋という、イタリアンとフレンチを出すレストランの中に併設されている展示スペースだ。何十名もの版画作家の作品が所狭しと並べられ、明るい店内で賑やかに並んでいた。
その後、お店の人たちに、午餐のテーブルに招かれ酒食をごちそうになる。こだわりのない人達だった。さらに近くのギャラリーで面白いのをやっているから、一緒に連れて行ってもらう。
この辺は都下から遠く近くにあり、家賃も安く芸術家が多く棲んでいるとの事。
地元と美術が寄り添っているように感じられた。


アートブックフェア用の、作品のイメージもようやく目星がついてきた。
今回は、髪にしようと思う。

題名は La cheveulier あたりにしょうと思ってる。髪騎士いう意味の造語。
今回はオールリトグラフは無理だけど、綺麗な本にしたいと思ってます。

2011年4月12日火曜日

放射性物質に備えよう

これから長い事、付き合って行かなければならない放射性物質。

非常に小さくて軽く、何処にでも飛んで行き、食べたり吸ったりしようものなら内部で常時放射線を出し続け、細胞の再生の遺伝子情報を破壊する嫌な奴ら。
これからは一家に一台ガイガーカウンターを常備する時代に突入する訳だが、まだ手に入りにくい状態。とりあえずネットなんかから独自に情報を入手して自己防衛をして行かなければならないですね。政府、官僚は基本的に信用出来ないのは歴史の証明する所であるので、俺としては話半分に聞いてます。検査とか、はやく第三者機関が機能してくれればありがたいんだけどなあ。

関東だけじゃなく西日本の人もこれからは風向きによる放射性物質の飛来による水道汚染や食品汚染、また東日本からやってくる産地偽装食品などと戦って行かなければならないから、チェックしておくとよござんす。

俺が今、重宝してるリンク集

すごく分かりやすいブログ。この人、安全ならば原発OKの人
だから逆に、信頼出来そう。
武田邦彦 (中部大学)

福島第一の状況。放射能濃度、圧力、風向きによる拡散シュミレーション、水道などの情報が見れます。
全国の放射能濃度一覧

東京日野で、個人的にガイガー観測をネット公開してくている関東の恩人
俺も、3月15日は、ネットで見て被爆を軽減できて助かりまった。
ナチュラル研究所
この人と同じシステムを導入した人たちのリンク
関東近辺の個人の観測点

公式、非公式を問わず、全国の放射線濃度が見れます。
東北関東大震災・非公式・放射性物質モニタリングポストMAP

IAEA
有志による、IAEAの発表を日本語約にしてくれてるサイト


やっぱ、なんだかんだ言ってもニュー速は便利。
2ちゃんねるニュース速報

レベル7の世界で

福島がとうとうチェルノブイリクラスの原発事故である事を政府がようやく認めた。
諸外国からの突き上げに動いたと言うよりも、ようやく夢から覚め始めた所なんだろうか。
これは現実に起っている事で、事態はなおも進行中。千年万年単位のライフサイクルの破壊だ。
日本人は昔から現実逃避の傾向があるのだろう。一万年も続いた縄文時代の変らない日々の記憶が染み付いているのだろうかね。
今回の災害で、日本人の良さと悪さが浮き彫りになったような気がする。それはよくも悪くも諦観のようなものだ。天に運を任すというか、ゆだねるというか。そこで目をつむり、死ぬも生きるも、その選択を自らの魂に問わない感じがする。それはある意味潔さがある。生にしがみつくのは美に反するという、日本人の美意識にそったものだろうけど、それは自らの魂の全権を何者かにゆだねる事で、責任回避しているのではないだろうか。悪い事を口に出したら、現実もそうなる言霊って奴だ。未だにアニミズムが根深く文化に根を張っている。もちろん俺も、アニミズムな日本人の一人だ。
そう日本人は、いまだに神を失っていないのだ。
神は可能性を好む。神はサイコロ遊びが好きなのだ。
サイコロ遊びとは、すなわち博打であり、今回で言えば事態の好転に国民の安寧とこの国土を賭けたのだ。だかその掛けに負けた。時に手痛い失敗を犯しながらも、だましだまし何とかここまでやって来た日本民族も今回ばかりは、かなり相手が悪い。人が死に、町が壊れても元には戻る。だが、我々を育んで来た大地そのものを、放射性物質という居座って動かないやくざ者に取られてしまったのだから。
長い年月をかけて、原発利権は政治やマスコミにウイルスのように浸食して行き、今では、我々の元に正しい情報すら届かなくなってしまっている程に成長した。それを助長したのは,彼らの悪魔的な巧妙さもあるが、なんだかんだ言って俺たちの無関心だったのだろう。悲しいかな、この痛みは、自分たちのせいなんだろうな。

未来の子供達に悪い事をしてしまった。
グーグルのサーバーは、タイムカプセルみたいなもんだ。未来の子供らに謝らなきゃな。
おじさんたちは、賭け事に夢中になりすぎて、自分の家も売っちゃったのさ。
すでに神々をバラバラに解体した君らからしたら失笑ものだろうが、可能性を前にして、ドキドキする事に、おじさん達は魅惑されたんだ。わからない事が、うれしかったのかも知れない。
思ってたよりは、人生は長かったのさ。だからついつい、余計な事をしたくなるってもんだろ。
おじさんたちは、いたずらっ子だったんだ。そう途方も無い程のただのガキだったのさ。